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3月末日

とうとう3月も今日でオシマイ
1月は行く、2月は逃げる、3月は去るが母の口癖だけど
年を取るに従って、時間に加速がつくのは何故?
もしかしたら神父の存在は本物かしら?
承太郎はマジで死んじゃった?

などという話をほざいている場合でもないのだが
この日記にはオタク度が足りないというご指摘を頂きまして・・
もちっとお待ち下されませ
そのうちネタが無くなったら、
そっち方面を語るしかないと思われますので(^^;

日本での報道は戦争が主なようだが、
こちらではずっと肺炎がメイン
何を書いても「不謹慎」の文字が頭にちらつき
(・・いや、ほら、根が真面目だから)
こういう時期にノー天気なこと書き散らすのもどうかと思って
ついつい日記をサボっている。


というのを実は何も書かかなかった言い訳でしょう?
と見ぬいたアナタ・・・鋭いです。
その通り!

土日というのは家族が勢ぞろいするし
何かと忙しいのにくわえ
次男のパソコンがついに悲鳴を上げはじめたため
フォーマットする作業に追われていた。

うちはADSLの家庭内LANで、
常時3台パソコンをつなぎっぱなしにしているのだが
次男の使う頻度が高いのと
あまり感心しないサイトを覗きたがるお年頃の故か
以前家族全員のパソコンがウィルスに感染して
ひどい目に合ったことがある。
それ以来某N先生のお世話になって
なんとか感染を免れているわけだが
今度は10Gしかない(・・・もある?)
次男のパソの容量が、そろそろ限度近くなってしまって
動きがかなり緩慢になったのと
いろんなソフトをDLしまくって
彼自身何が何だかわけがわからなくなってきたので
ここらで心機一転とばかり
フォーマットすることにしたのだ。

学校でコンピュータの授業をとって、
あれこれやっているらしいわりには、彼はハードの扱いが下手だ。
私だって決して得意と言うわけではないけれど
うちのツレアイさんはこういうことは全くノータッチ人間なので
結局私が何もかもやる事になる。
自分のパソとは勝手が違うから時間もかかるのよね~
こういうことが得意な人とお友達になりたいわ。
結局なにやかやと1日パソに貼りついていた。


それにしても肺炎である。
原因ウィルスが見つかったと報道されはしたが
有効なワクチンが作られたと言う知らせはないし
ウィルスもヒトを媒介とするうちに形を変えたという話もあるし
飛沫感染のはずが、実は空気感染なのでは?説もあるし
とあるマンションの棟ごと感染でそこは閉鎖されてしまったし
ここに来ても、何が何だかの状態はぜんぜん変わっていない。
わけがわからないから余計な憶測を呼び、
恐怖心が煽られるわけで・・・
この時代だから、
遠からずちゃんとした治療法と、効き目のある薬は開発されるだろうが
それまで、この混沌とした状態は続くのかな・・・鬱・・・

我が家は子どもも大きいので
私が相手をして遊んでやらなくてはならないということはないが
知り合いの、幼稚園児を持つおかあさんは
子どもと二人顔をつき合わせて1週間すごすと
二人ともストレスが溜まって、
怒らなくてもよいことで怒ってばかりだとこぼしておられた。
そりゃあ1週間も閉じ込められたら
子どものビデオも底をつくだろうしなあ・・・
かといってそれじゃあうちに遊びにいらっしゃいと、
おいそれとお誘いするわけにもいかないし
日本行きのエアチケが飛ぶように売れているという噂も
まんざらウソでもないのかも。 


私がのぞかせてもらっている、某香港の掲示板より抜粋
(黙って貼ってはいけなかったかしら(^^;

■3/30 13:00現在 香港のSARS状況(18:30発表)■
*入院者数=530(きょう+60)(おととい=58 きのう=45)
  全人口の0.0077%
*死者=13(きょう+1) 全入院者の2.45%
*退院者=60(きょう+17) 全入院者の11.32%
*未退院者=457 全入院者の86.23%

この割合を見て、
多いと思うか少ないと思うかは受け取る側次第なんだけど
まだ漸次患者数は増加の様相を呈しております。
こちらとしてはせいぜい体力保持につとめ
ストレス溜めないよう過ごすしかありません。
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【2003/03/31 11:15】 | 香港生活 |
3月某日

☆肺炎騒ぎ
こちらで非典型肺炎と言われている
SARS 重症急性呼吸器症候群であるが
テレビで特集が組まれるなど、騒ぎは大きくなるばかり。
今までに報告された事のないウィルスが引き起こした病気だそうだから
騒がれるのも無理はないが
どこそこで患者が何人発見、の報道や
公共交通機関でのマスク配布等々
ちょっと集団ヒステリーの様相を呈している気がする。
低年齢と高齢者、および免疫力が低下している人は注意が必要だが
対応策として揚げられているのが
人込みに出ない・外出から帰ったらうがいと手洗い・
マスクの着用・たっぷりの睡眠時間・
バランスよい食事・ストレスを溜めない事etc
これはインフルエンザへの心構えと共通している。
飛沫感染のゆえ、インフルエンザより感染率は低いのだそうだ。
ツレアイは仕事だから外に出るのは仕方ないけど、
学校も全面的に閉鎖になったことだし
まあ、家でのんびりすることにしよう。

そういえば1986年だったかのコレラ騒ぎが、こんな感じだった。
あのときは日本人も一人不幸にも亡くなってしまい
それが知り合いの会社の人だったために、
私たちが住んでいた地域は大騒ぎになった。
今ほど情報の伝達が早くなかった分、風評はコワイ。
人から人へ伝わるうちに、話はどんどん大きくなる。
実際に帰国する人は出るし、
街を歩いただけでコレラに感染するかのような噂は飛び交うし
小さな子どもを抱える私は何もかもが怖かったのを思い出した。
やはり小さな子どもを持つ家庭は
うちのようにのんびりとは構えていられないか・・・

今はインターネットという文字の世界での噂話では有るけれど
それがものすごい速さで広がって行くのは
クチコミ以上かもしれない。
有益な情報が日本語で得られるのはうれしいが
噂話も同時にあれこれ入って来るので、
惑わされない様にするのはある意味ちょいと大変。
昔に比べて格段に早くなった世界への拡散状況
この世界を構築するモノのモロさをちょっと考えてみたりして。

☆歯医者
次男が歯医者に通っている。
日本語は通じないし、ものすご~く高いんだけど
最初に通い始めたところだからなかなか変えられないのだ。
三男はいくつか日本語のわかる歯医者さんにかかってみたのだが
やっぱり次男の歯医者ほど説明をしっかりしてくれない。
しっかり説明してくれて日本語を話してくれて
なおかつ安い歯医者さんの情報求む(笑)

先日定期検診を受けに行ったところ
問題ある歯が幾つか見つかった。
親不知も抜かなければならない事が判明した
(親不知がなんでwisdom toothなんでしょう?知恵の歯って?)
抜歯の料金明細見て腰を抜かしそうになったよ・・
とりあえず早急に治療を要する奥歯だけ治療してもらった。
クラウンをかぶせるのだけれど、
治療とクラウン代だけで軽くン万円でございます。
もう涙とともに椅子から転げ落ちました、え~ん。
今度、夜中にハイチュウ食ってたらぶっ殺すぞ
・・と思わずヤクザな台詞をつぶやいてしまう母なのであった。

その歯医者で、
テレビの肺炎の諸注意を流す番組を見た後、
受付嬢や、他の先生たちとあーだこーだ話をしていたのだが
「以前日本に遊びに行ったとき、
 日本人が沢山マスクをして歩いているのを見たわ。
 あれは異常な風景だと思ったけど
 今は香港中でマスクが溢れてるよね」
「普通の風邪でもこういう道具を利用する日本人って賢いわね」

これは誉められたのだろうか、皮肉られたのだろうか??ふみゅ。

【2003/03/28 17:10】 | 香港生活 |
以前英会話を習ったことがあるという話はしたが
教師はグラスゴー大学出身の男性だった。
グループレッスンを申しこんで
1週間に1度4人でやっていたのだが
これが役に立ったかどうかはちょっと疑問・・・
語学と言うのは短期間にできるだけ集中して勉強するのが良い
という話を聞いた覚えがあるが
確かにそっちのほうが効率的に良いように思う。
自分はやらなかったんだけど。

私は4人の中では一番新参者だった。
参加した最初のレッスン時に、講師のジェリー曰く
「きみの名前は発音しにくいね、
 だからイングリッシュネームをつけて上げよう
 ダイアナっていうのがいいよ。」
ワタシは即座に断った。
「私は自分の名前を非常に気に入っているし、
 これは自分自身にとってたった一つの名前である。
 親がつけてくれた大事な名前だから
 絶対にこの名前を呼んでいただきたい。」

この一件はジェリーにとって非常に新鮮だったらしく
あとあとまでずっと、
イングリッシュネームを断ったヤツとして記憶に残ったそうだが
(それまで断った人が一人もいなかったそうなので)
名前にこだわるというのは、そんなに妙なことなのだろうか?

香港の人はたいていイングリッシュネームを持っている。
それはデイビッドであったりダニエルであったり
アマンダであったりクリスであったりするのだが
自分で好き勝手につけたり、学校の先生につけてもらったり
親がつけてくれたり、方法はさまざまらしい。
たとえば、アグネス・チャンというのもジャッキー・チェンというのも
イングリッシュネームである。
今までに出会った人の名刺を見ると
中国語名を漢字で書き、裏側に英語名を書きというのがほとんどだから
大多数の人はイングリッシュネームを持っているのだろう。
ちなみに中国語の名前とイングリッシュネームの意味的関連は、
全く無いように思われる。
ツレアイの会社の日本人にも自分は呼びにくい名前だからと
名刺には本来の日本の呼び名とともにROYと書いてあって私は驚いた。
由来を聞いたら、呼びやすそうだからとおっしゃっておられたが。

先日化粧品を数点買い求めて、
クレジットカードで払おうとカードを提示したところ
レジのおねえさんがわたしの名前の漢字を広東語式に読み上げたあと
ローマ字を指差して
「これはあなたのイングリッシュネーム?」と聞く。
「いいえ、これは日本語の読み方よ、だから日本名。」
だと答えたら
漢字をさして「でもこれはチャイニーズネームでしょう?」と言う。
わけがわからなくなって
「日本語読みだと○○となるのよ」
と説明したのだがイマイチわからないらしい。
日本語の「の」というひらがなをかいて
「ジャパニーズネームというのはこんな文字でかいたものなの。
 こっちは漢字でかいてあるからチャイニーズネームだよ。」
と断定されてしまった。
驚く私・・・・え?ええ?

彼女は日本にも漢字はあって、
日本式の読み方があるというのをどうしても認めてくれない。
ひらがなとローマ字と漢字と、私は三つの名前を並べて
日本では全部同じ読みかただと言ったら、
わけがわからないという顔をされてしまった。

まあ、ここは漢字の本場なわけだけど
漢字で名前を書くと、
全てこちら式の読み方に統一されてしまうのもなんだかな
・・という気はする。
だって日本にも漢字があるんだし。
おまけに広東話と普通話では発音もちがうし。
しかしそういえば日本でも、
人名であろうと日本式の詠み方をしていたし
中国の人に対してはまだ日本式の読み方をする場合が多いのだから
自分の名前の読み方がひとつだと言い張るほうが妙なのかな、
という気もしてきた。

そういえばミヒャエル・シューマッハだって
英語読みだとマイケル・シューマッカーだし
ミケランジェロはマイケルアンジェルと聞こえるし・・・
自分の名前は世界にひとつ、なんて思うほうがおかしいのかしらん・・

ちなみに宇多田ヒカルは宇多田光 
中島みゆきは中島美雪と書かれる事がおおくて
それぞれ中国式の読み方をされているから
話題に上っても誰の事かわからずきょとんとしてしまうことが多い。
木村拓哉も非常に人気が有るんだけど
「キムタク」を略して「木拓」=「モクチュン」と言われています。
誰の事だかさっぱりわかんないよね(笑)

【2003/03/26 21:47】 | 香港生活 |
インターネットラジオで日本の音楽を聴いていたら
岩崎ひろみの「思秋期」が流れてきた。
・・・お元気ですか みなさん いつか会いましょう・・・
それでふと舞踏会の手帳という映画を思い出した。

古いフランス映画(だったと思う)だが、
昔、ヨーロッパの貴族の舞踏会では、
ご婦人方は手帳を持って舞踏会に臨み
その貴婦人とダンスをしたい殿方が手帳に名前を記入
貴婦人は手帳から踊っても良いと思う男性を選ぶ、
というシステムがあったそうだ。
人生も後半になり、たそがれ時を迎えたと自覚したとある元貴婦人が
その手帳を頼りに
若かりし頃自分にダンスを申しこんでくれた男性たちを訪ね歩く
というストーリーであったように記憶している。
その老婦人が、久しぶりに会う男性達はみな大きく変わっていた。
ある人は麻薬に溺れある人は恍惚の人となり・・・
若い頃の颯爽とした面影を残す人はなく
振りかえれば自分も若い日の美貌は失われ・・・

若かった私が見ても何とも哀しく切ない気分にさせられたものだ。
今見なおしたら、また違った思いが残るのだろうか?

私にはもちろん舞踏会の手帳などないが
同窓会は、ある意味、昔の手帳を開く作業に似ている。
人間年をとると、地球の引力に抗う力が衰えてくるもので
顔には望まぬシワシミたるみが目立ち始める。
これに髪の毛の後退、あるいは白髪がプラスされると
一目見ただけでは
「誰だかち~ともわからん状態」になることは自明の理。
なんであるが
話をしているうちにあら不思議
顔が高校生に戻ってしまうんですね。
これを同窓会マジックと言います(・・言いません(笑)

その昔英会話を習っていた事があるのだが
そのときの教師曰く
久しぶりに会って「変わったね」と言えるのは相手が若い場合
年をとるにしたがって「変わらないね」と言うしかないと。

確かにそうだ
同窓会で久しぶりに会った友人には「ちっともかわらないね」
ほんとはそんなはずはないのに、でもそう言ってしまう。
言わせる懐かしさと言うのもあるのだけれど。

それにしても毎朝見る鏡は正直者だ。
昨日は薄かったシワなんかがちょっとくっきりしてくると
朝から悲しくなってしまう。
フェイスリフティングとかやる女優さんの気持ちが
わかる気がする今日この頃のワタシでございまする(笑)
ま、仕方がない
笑いじわの似合うステキなおばあちゃまを目指すしかないか(苦笑)

さて4月に久しぶりに一時帰国します。
懐かしい高校の同級生にも合う予定があります。
ここを読んでる同級生諸君!
間違っても開口一番「シワ増えたな」とは言わないようにね~♪

【2003/03/25 23:56】 | ひとりごと |

アンパンマンにしわはあるやなしや?(笑)
りー
ま、みんな同い年だし、
体型も程よく緩んで来てるし
同級生って緊張せずに会えるから、嬉しいかも~。
先日の案内ぶりで露呈したとおり
私の方向音痴は相変わらず健在です。
よろしくご指導ご鞭撻のほどを(笑)


しわものびる
ドラミ
しわが増えたなんて間違っても言わない。
しわなんてのびるほどにまん丸くなってしまえばなんでもないのだ!
同窓会で「変わらないねえ」と言えるのは自分も同じように変わっているからかしら?
でもね、どんなに太っていても禿げていてもみんな仲間だ、問題ナシ。
楽しみにしているよ。


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3月23日 マレーシアGP(セパン)

1.キミ・ライコネン(マクラーレンメルセデス)
2.ルーベンス・バリチェロ(フェラーリ)
3.フェルナンド・アロンソ(ルノー)

久しぶりに・・・本当に久しぶりに聞くフィン国歌
思わず姿勢を正してしまった。
ポディウムの中央にいるのはもちろんミカではない。
ミカではないけど、世間的にはミカの後継者と目されている
フィンランドの若いアイスマン、キミちゃんが
とうとう優勝してしまいました。

あらら、勝っちゃったよ・・・ほんとそう言う感じなんだよね。

ミカのようにまだ感情の爆発表現方法を知らないというか
編み出してないと言うか
でも指先は笑ってる(笑)
あれは新作のガッツの一こまか?

しかしポディウムでもプレカンでも
唇の端がにま~っと歪む辺り、
かなり嬉しかった事は想像に固くない。
いや、私も嬉しいです。
フライングフィンは継承してくれなくても
(彼の走りはかっとび、という感じではないものね)
アイスマンと呼ばれ、
ごく一部からF1界のベビーフェイスの暗殺者という称号をもらい
いつ優勝してもおかしくない雰囲気は去年からあったから
彼を見ていた人は誰も意外な結果だとは思わなかっただろう。

しかし去年、彼の走りに注目させたのは
フランスGPでのM・シューマッハとのからみだし
前回のメルボルンでも
ミヒャさんとはテールトゥノーズの争いを見せてくれていたので
私は、キミが優勝するのは
ミヒャとの争いに勝ったときだと思いこんでいた。

ん~・・・今回ミヒャエルは不幸を背負っておられましたなあ・・・
なんかフラビーにもめちゃくちゃ言われてるし。

ま、だけどこれくらいのポイント差は
全然ミヒャエルにはハンデになりませんから。
勝てるときに、いくら勝っておいたって
勝ちすぎるということはないんだよ。
ミヒャ兄さんが本気になるとコワイんだから。
頑張ってください、キミたん。

ところで今回、スタースポーツのレース前のインタビューは
ロン・デニス@マクラーレンプリンシパルだった。
マクラーレンは(表向き)チームオーダーを出さない。
ドライバーのどちらかを優遇することはない、
チーム内の競争がマクラーレンの力を高めるのだと言いきっていた。

けどさ。

ミカを息子のように可愛がり、
メディアに、ミカは「彼の」スタードライバーと呼ばれていたよね。
ミカとは一緒にホリデーにも出かけたよね。
そのミカが強く推薦したから
ザウパーからニックでなくキミを頂いたんだよね(←思いこみ度80%(笑)
メルボルンでは優勝したデビを祝福しながら
顔は正直にキミを追っていたよね
これってどっちに肩入れしてるかは
誰の目にも明らかだと思うんですけど・・・

そして今回、ファイナルラップの直前に
テレビカメラにキミの初勝利に涙するところを
くっきりと映されてしまった。

今回のGPの一番の見所は、
実は震えていたロンの肩ではないかと思う私は
見るトコ間違ってますか?(笑)
ロン、私はそういうあなたが大好きです。
今年もやっぱりマクについて行きますから。
だからまたポディウムで嬉しそうに笑ってね。
たとえキミがシャンペンシャワー浴びせてくれなくても(笑)

【2003/03/25 11:11】 | F1 |
3月22日 土曜日 曇

☆買い物デー
もうすぐ日本へ帰る長男のために
今日は1日出歩いていろいろと買い物をした。
別れる日が近づくと母のアマアマ度も少しづつアップ
コレがないのアレが欲しいの言われると、
甘過ぎるかと思いつつもやっぱり買い与えてしまう。

彼は使い捨てのソフトコンタクトレンズを使っているのだが
それを1年分購入、ついでにケア用品もほぼ1年分。
買う場所によってはもう少し安くなったのだろうが
今回は疲れていたこともあって、
あまり値段の交渉もせずに購入してしまった。
・・・ちょっと後悔。香港在住の日本人としては失格だ(笑)
しかし帰ってきてネットで確認すると
それでも日本で買うよりはるかに安い。
日本の製品なのにね~。
いったいどんな仕組みになっているのかしら
コンタクトレンズの値段って。

☆マレーシアGP予選二日目
ルノーがフロントロー独占
燃料搭載量が少なかっただけ、という説もあるけれど
多分それは正しいのだろうけれど
それでもアロンソ、
君の若さ(若干21歳)でPPはエライ!
ここは素直に拍手しておこう。
明日は雨の予報だしね、
本番も大番狂わせを期待しております。

☆戦争激化
昨夜から空爆が激しさを増している
イラク側のみならず、米英軍側も死亡者が増えている模様。
短期終結をもくろんでの空爆だというが
巻きこまれる一般市民は少なくないはず・・・

☆個人的なお祝い
お誕生日おめでとうございます。
その昔「もう少し勉強したほうがいいよ」と言われたことを
折に触れて思い出すのですが
おっしゃった本人はもしかして忘れてる?(笑)

【2003/03/22 23:38】 | F1 |
いったい私たち一般人が知ることのできる情報の
どれくらいに信憑性が置けるのだろうか?
戦争が始まって、各メディアはそれぞれ
「いかにもありそうな」戦争の報告を流しているが
そのうちのどれくらいが正しくて、
どれくらいが都合良く曲げられているのだろうか?

香港で流行っている肺炎の話をする。
香港は情報の開示度が高いうえ、地理的な狭さもあって
感染者数・死亡者数をかなりはっきり把握して示しているため
肺炎が香港のみで蔓延していると思われがちだけれど
最初の感染者は、香港の人ではなかったし
他の場所ではもっと多数の感染者が出ているらしいし、
もしかしたら
香港のようにはっきりと患者である認定を受けられずに
治癒した、あるいは不幸な結果になった可能性も十分あるのだ。
肺炎が流行っているのは香港だけではないのですよ、日本のみなさま。


BSE-牛海綿状脳症
いわゆる狂牛病騒ぎが日本で起こったことは記憶に新しい。
日本では発症していないと思われた狂牛病が
実はすでに複数件の発症例があったことが
あとからわかってしまって大問題になった。

私はいつぞやも書いたとおり
90~95年、イギリスに居住していた。
この期間中6ヶ月以上イギリスに滞在した人は
献血を行う事ができないことになっている。
それを知ったとき自分を含む家族が、
ものすごく重大な疾病を抱えた人間として
扱われているような気分になったものだ。
まあ私自身は、もとから貧血持ちのB型肝炎経験者だから
献血なんてしたくてもできないのだが。

我が家は子ども3人とも該当しているので
駅前の献血車に声をかけられても献血はできないよ
というのはちょっと可哀想だった。
献血ができない、というのは決してマイナス要因ではないのだけれど
なんとなく引け目というか負い目というか
上手く言えないがそんな感情を持ってしまう。
そしてそれが個別に正式に知らされてたものではなく
小さな新聞記事としてひっそりと書いてあったというのもショックだった。
世間に狂牛病という病気が大々的に知られるよりずっと早くに
厚生省は、とりあえず献血ができないほうに分類してしまっていたのだ。
人間にはうつる確証はないから大丈夫だと言っておきながら。

イギリスでも最初は人間にはうつらない病気だと言われていたのだった。
あのときイギリスの担当大臣は、
イングリッシュビーフは大丈夫だと言って
ハンバーガーを食べて見せるパフォーマンスを行ったりしたし
(どこかで誰かもやったようなパフォーマンスだ。
 あの手の方々の考えることっていっしょなのかしらん(笑)
肉屋には、イギリス産の牛肉は安全だというポスターがどこにでも貼られていた。

がそうじゃなかったんだよね・・・

香港の鳥のインフルエンザもそうだった。
人間にはうつらないと言われていたのだ、ちょっと前までは。
しかしそうではなかった
同じ型のウィルスに感染して死んだ人が既に出ている。

だから今回の肺炎騒ぎに関しても
どこまでが真実なのか、どこまで一般人に情報を開示しているのか
あやしいものだとうがった見方をしてしまうわけ・・・

何が正しいか間違っているかわからないうちは
混乱を避けるために、
ウソの混じった情報を流すと言うのが常套手段なのかもしれないが
該当する人間側としては、
やっぱり真実(と思われる情報)を知っておきたい。
何が安全だとか、何がアブナイとか言い出したら
今の世の中生きていけないと言われればそれまでであるけれど。
でにこんな世の中だからこそ、自分で納得できる生き方をしたい。
風評に流される事なく、
自分に必要な情報を自分で判断できる場所で
納得して生きていきたいと思うのだ。

しかし、こんなにネットやらメディアやらが発達してしまうと
一番効果的な撹乱方法は情報操作ということになるのだろうね。
流されず、惑わされず、納得するっていうのは本当に難しい。

【2003/03/22 00:53】 | ひとりごと |
48時間と区切られた通告は、あと10数時間であける。
きっと戦争は始められてしまう。

1990年、イラクがクウェートに侵攻したニュースを見たのは
イギリスのチェルシーと言う街だった。
夏のホリデー時で、
イギリス中がのんびりしていた最中のことだった。
あのあと英米両国を中心とした多国籍軍がイラクに攻め込んだ、
いわゆる湾岸戦争は、私の中ではまだ記憶に新しい。
毎日テレビで告げられる戦果よりも
学校に通い始めたばかりの次男が
今日はイラクのなんとかいう基地を壊しただの、
敵の戦車をどれくらいやっつけただの
高揚した顔で言うのに非常にショックを受けた覚えがある。
あの当時、イギリス空軍のマークや英国国旗を見るたびに
「イギリスのハタが一番強い!」と叫んだ息子に
私たち親は告げる言葉がなかったのを思い出す。
イラクで捕虜になった英国人の男の子が
サダムフセインの握手を拒否したという話
日本の皆様はお忘れかもしれないが
これこそまさにイギリス人の鑑!!と
カレは一躍英雄扱いされてものだった。
・・・今はどうしているだろうか?

アメリカの事はしらないが、
イギリスはいざ戦争となると、一枚岩となるのではないかと
私は今回も危惧している。
それまで、どんなに反対していたとしても
いざ戦争がはじまったら、民意は急速に一丸となる
戦争慣れしているというか、戦う事が嫌いではないと言うか
うまく表現が見つからないが
ちょっと空恐ろしいものを感じたものだった。

今回、イギリスは労働党が最後まで反対したが、
やっぱり下院はブレア首相を支持した。
戦争に反対する世論より、
容認が上回っていると言う新聞記事も目にした。
香港は中国になってしまっているから
前回の湾岸戦争のように多国籍軍側とは袂を分かってはいるが
やはり一旦戦争が始まると、
世界中の在外邦人は多かれ少なかれ影響を受ける事になるだろう。
もちろん日本だって影響を受ける事に違いはないのだが
その影響がより直接的なのだ。
それは日本に居住している人達にはわかりづらい感覚かもしれないが
どこかで起こる戦争と言うのは日本で感じるより遥かに身近なものとなる。

今回の戦争は、もう多国籍軍の勝利を前提に、
復興の話までシミュレーションができているらしいが
単純にシミュレーション通り行かないのが現実だ。

きっと私の知らない名前の人達が沢山命を落すのだろう。

私には戦争が始まらないことを祈って
ろうそくをともすことしか出来なかった
戦争が始まったら今度は早く終わる事だけを祈ることしか出来ないだろう。
そうしてまた、自分には何の力もなく、
何もできなかったという無力感に襲われるのだろう。
だけど、私たちはやっぱり声を上げつづけ、
祈りつづける事を止めてはならないと思うのだ。
家族を持つものとして、
子どもの親として、
そして、一人の人間として。

【2003/03/19 21:08】 | ひとりごと |

ずっとテレビをつけているんだけど
りー
テレビの中の戦争は映画よりも遠い感じがする。
こんな希薄な感情で見ていちゃいけないとは思うんだけど。
肺炎騒ぎと言い、戦争開始といい
なんだか憂鬱な気分になってしまうのは
この天候のせいかしら・・・よく降るね、寒いね。
ところでお米に関しての日記
marさんのコメントいただいちゃった(笑)
わかった?


ただ 祈るばかり。
mar
ホントに 始まってしまうね 戦争。
あと数時間で 始まってしまうであろう この戦争を
もう 止めるコトは 出来ないのだろうけど
少しでも早い 戦争の終結と 平和への道 
そして いろんなヒトたちの被害が 最小限であるよう
ただ 祈るばかり。
何だか 眠れない。


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日本人が沢山住んでいる地域の一つに「太古城」という場所があり
そこには日系のかなり大きなスーパーがある。
大きな道から入ってすぐのところに駐車場入り口があるので
わたしが運転して行ける数少ない場所の一つ(笑)
行くときはあまり混み合わない時間を選ぶようにしているのだが
日本人だけでなく、香港の人たちもいつも沢山買い物をしている。
午後だと若いお母さんがたが、
お子さんの幼稚園などの出迎えなどのついでに買い物をするらしいので
私が出かけるのは概ね開店直後かな。

先日そこでお米を買ったらレジのおねえさんが
「デリバリー?」と聞く
香港ではトイレットペーパーとビールと米を買っていると
たいていそう聞かれる。
この種類の買い物をするとデリバリーを頼むのが普通ということなのだ。

ちなみに香港のスーパーは
一定の額以上の買い物をすると無料でデリバリーサービスをしてくれる。
地域によっては即日配達と言うところもあるらしい。
重いものを持って帰る必要がないというのはとても助かる。
これって今は日本でもそうだっけ?

「いいえ、持ち帰ります」
と答えたら、唐突に
「あなたは日本人か?」と尋ねられた。
「そうだけど」
「日本人はたいてい高いお米を買うけど、あなたはどうして買わないの?」
・・・・・思わず苦笑。
お互いに不自由な言語(英語なんだけど)の会話とは言え
なんて直接的な質問なんだろ(笑)

ちなみに我が家がいつも買うお米は
5キロで1000円足らずの中国産のジャポニカ米
値段が日本のお米の5分の1なんだもの。
一月20キロ消費の我が家は
日本のお米常食といったぜーたくは出来ません。

で、「うちは質より量だから」と本音を言いたいところをこらえて
「あら、このお米も十分美味しいのよ」と答える。

するとレジのおねえちゃんはケロケロ笑って
「そうよね、同じくらいの美味しさなら、安いのでいいわよねえ」
続けて「どうして日本人は日本のものにすごくこだわるの?」


昔のお米はダブルラムだった。
オーストラリア産のジャポニカ米。
今もスーパーで売っていて、私が買っているお米より更に安い。
その昔はこのお米がときどき突然スーパーから払底して
学齢期のお子さんをもつお母さんに頼まれて
お弁当の分だけ、とお分けしたことも何度かあった。
(日本人学校は今も昔も給食が無くてお弁当持参なので
 お米が無くなるのはとっても困るのだ)
今は、たとえ一つの銘柄が途切れても
代替がいくらでもあるから、そんな不便ももうないのだろうが。

弁解じみているが、
中国産のジャポニカ米は、値段のワリには十分美味しいと思う。
中国産のほかにも、ベトナム産のコシヒカリだとか
この頃は結構廉価で美味しいジャポニカ米が増えてきた。
もう少し高いのだとアメリカ産のお米もある。
しかしやっぱり食べた人に言わせると
日本のお米というのは格別なものらしい。
冷めたときにもねばりがあるし
炊いている最中にはいやな匂いはしないし
なにより炊きたては、お塩ひとつまみあれば(!)食べられるって。

「日本にいるときはそんなにこだわったりしなかったんだけど」
という枕詞付きの、お米オタクって
結構香港にいる気がする。
当地の某有名掲示板でも
お米のスレッド(炊き方とか銘柄とか)になると
一言いいたいと言う人が多いしね。
きっとお米というのは、
日本人としてこだわりたい砦のひとつなんだろう。
香港の人には香港の人なりの譲れない食べ物が沢山あるように。

私は帰国もあまりしないし(というかここ1年半は帰っていない)
帰国してもお米は持ち帰らないし、
絶対にこちらで日本米は買わない。
だけど、美味しいお米には常に憧れておりますのよ。
というわけで、今度帰ったら、そっち方面よろしくね>お友達
あ~あ、美味しいご飯、食べたいなあ・・・

【2003/03/17 16:06】 | 香港生活 |
20年前は反日感情が何かと言うと顔を出した。
1970年代の終わりだったか80年代のはじめだったか
日本資本のとあるメーカーの工場が焼き討ちにあって
多大な被害が出たこともあったし
私自身の経験をいうと
ビクトリアパークを散歩中に
見知らぬおばあさんにいきなり襟首を掴まれて
「自分の息子は日本軍に殺されたんだ!!」
と怒鳴られたことがある。
タクシーに乗ったところ、運転手に
「日本人は嫌いだ、降りてくれ」
と言われたこともあった。

何か日本のおえらいさんが発言するたびに、
香港の日本人はびくびくした時代だった。

今でも靖国神社の参拝で抗議行動が起きたりするけれど
自分の身に直接危険を感じることが少ないのは
私の感覚が鈍ってるだけではないと思う。
日本という国に対しての感情は
フレンドリーではないかもしれないが
その感情が個々の日本人に向けられる事は少ないのではないだろうか?
香港全体に日本製品はあふれているし、
そういうものを抜きにしては暮らせないほど
香港に、日本は浸透してきている。
とくに若い人達は日本に対する興味を隠さない。

衛生面でも香港は格段に清潔になった。
昔、とある有名ホテルだから大丈夫だろうと
子どもをトイレで座らせて、お尻を皮膚炎にした事があって以来
私はずっと子どもにうるさく
「トイレでは絶対座らない事、どこの手すりもさわらないこと」
と言いつづけたものだった。
今回、いろんな手すりを触っているけれど
2年間実害はありません。
トイレはあまり外出しないからコメントしようがないのだけれど
小さいお子さんをお持ちのお母さんから
子どもが皮膚炎にかかったという話もあまり聞かない。

すでに無くなってしまったが
昔デパートの大丸に夜8時過ぎに立ち寄ると
暑さしのぎのためだけに徘徊していると思われる
普段着(というかパジャマのような・・)の人々で溢れていたものだった。
そういえば、シャツなどはほとんど化繊もので
コットン100パーセントのものを見つけるのが難しかった。
湿度が極端に高い当地で
綿製品が乾きにくいせいだと聞いたのだが。
この頃はデザインに目をつぶるならば
素材のコットン100パーセントは容易に見つけられる。

東洋の魔都といわれていた香港を知る人の中には
昔の雑多な街並みが懐かしい
危険な香りが薄れてただの都会になった今の香港には
惹きつけられるものがない、と言いきる人も少なくない。

しかし住んでいる人間には、安全な街が一番だ。
(意外に思われることが多いのだが、
 いつぞや日本の警察の方から話を聞いたところによると
 香港は日本よりずっと安全なのだという)
気候だけは昔と全然変わらないけれど
私には今の香港がずっと暮らしやすいんだけどな。

【2003/03/15 22:25】 | 昔ばなし |
昔から、何かが起こりそうなときは
予測できる中で、一番悪い結果を予想しておいて
いざ、それが起こってしまったときに、
「・・・でも思っていたほど悪くはなかったんだから」と思うことで
自分の気持ちの安定を図ろうとするクセがある。

・・・・しかし今年に入って二つ、発生した事柄は
二つとも私が予測した、まさに最低ラインだった。
こんなのを二つもストライクゾーンで受けとめてどうするよ・・・(-_-;)

それなんで、ただいま非常に落ちこみモードです。

その直接的原因は私ではなく
ま、ありていに言えば家族の事なのだけれど
家族のことだからこそ、
私に直接降りかかる部分が大きなわけで
しばらく気持ちが浮上しそうにない。

こんなとき、自分の慰めになるかと思って
実はこの日記をはじめたりした部分もあるのだが
やっぱり起こったことを書くには
自分の気持ちの整理とある程度の時間が必要なのだ、とわかった。
今のこの事態と、自分の気持ちと、
我が家の流れる方向を見定める事が出来たら
そのときあらためて
ゆっくりとここで振返ることもできるかもしれない。
それまでこれを続けていられたら・・・の話だけど。

救助信号を発している自分がいる。
さて、彼女は救われるでしょうか?

【2003/03/14 12:37】 | ひとりごと |

人生いろいろ・・・
りー
まあさ、
いろいろあってさ・・・
もうじききっと愚痴るから、その時は話聞いてね。
でも昨夜はホントに楽しかったです。
ああいうメンバーで騒げるって
つくづく自分は幸せだと思いました。
marさんもありがとねん♪


大丈夫ん???
mar
どうしました?
受け止められる程の器では ありませんが
何かあれば いつでも ゆってくださいねん。
飲むの付き合う とかだったら いつでも(笑。
・・・あぁ 役立たず(汗。
私は 今夜 皆と 旨いモノ食べて 楽しく飲めて ちと解消。
お互い 楽しい週末を 過ごしませふ♪


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テレビのCMの話

十年ひと昔という。
日本だって10年前と今は随分違う。
今の時代だと五年一昔と言ってもおかしくないくらい
ちょっと時が過ぎるといろいろなことが大きく変わってしまう。
まして私の場合は2度目の香港生活と言っても
20年も昔の話だし
ここは植民地から中国への返還という歴史的大変化を経ているのだから
何もかもがすっかり変わって当然・・・なのだ。
変わっていることがらが多過ぎて、1度には書ききれないので
少しづつ思い出す事を書いてみようかとおもう。

テレビをつけたら、アンディ・ラウが
サービス向上に勤めようとかいうCMをやっていた。
以前のパターンと違っているから
継続的に作られているCMであるらしい。

つり銭を投げてよこしてにこりとも笑わなかった時代を知っているから
このごろの店員さんは随分愛想がいいなあと思ってしまうのだが
それって贔屓目すぎますかね?
先日はションワンのお菓子の卸の店で
カタコトながら日本語の挨拶をされて驚いた。
パークンやワトソンズでも必ず挨拶されるし
(義務的にやってるおねえちゃんが多いのは確かだけど)
このCM、少しは効果がある・・と言える?(笑)

昔のCMで特に記憶にあるのが、窓からものを投げるなというヤツ。
とある高層アパートの窓から
まだ中身が入っているビール缶のようなものを投げ捨てたお父さんが
外の騒ぎにおどろいて道に出ると
頭に缶がぶつかって血を流して倒れていたのが自分の息子だった
という、すごく直接的な内容だった。

こんなものを流さなくてはならないところなんだ、
とある意味感じ入った記憶がある。
そういえば昔は
ビルに近づいて歩くと得体の知れない液体が降ってくるし
離れて歩くと放物線を描く個体が落ちてくる。
ビルのそばを歩くときはくれぐれも注意するように、
といわれたものだった。
おまけに、地面はゴミだらけ。
街を歩くときは上を見て下を見て横を見てスリに注意して・・・
身体中にアンテナ張って歩かないと安全ではない
・・・という場所も結構多かった。

ごみの投げ捨てに対する罰金が出来て
香港は本当に清潔になったと思う。
悪名高き日曜のセントラルも、ごみはぐっと減ったそうだ。
街中のゴミ箱の数が少ない分
日本のほうが当たり前のようにゴミを捨てて行く人が多い気がする
というのは記憶違いかな?

【2003/03/14 00:36】 | 香港生活 |
3月某日

長男が帰ってきた。
大き目のスーツケースと、ボストンバッグと手提げをかかえて
ゲートから出てくる長男を半年ぶりに出迎えた。

私たちの戻るところは日本で
その日本からやってくるのだから
帰ってくるという言い方が正しいかどうかはわからないが
やはり家族のいるところに来たのだから
「帰ってきた」というのが彼の心情だと思う。

スーツケースの中身はほとんどが洗濯物。
コインランドリ-は高いから
パンツと靴下がある限りは洗濯しなかったとか威張っているのだが
これがホントにスゴイ量。
一月分くらいありそうだ。
今日は1日中洗濯機が回っていた。
洗濯は洗濯機がやってくれるのだが
これとこれはネットにいれろだの
これはドラムで乾燥させるなだの
うるさいことこの上ない。
Tシャツやらポロシャツやらは
ざくざく洗ってさっさか干せるのが身上だと思っていたのだが
ここのところのTシャツって言うのは
クリーニングにでも出さなきゃならないような
値段のものもあるのだそうで・・・・

まったく貧乏暮らしで食費にもこと欠くクセして
こういうものにはお金を惜しまないのね~・・・(ため息)
イマドキの若い子としてこれは正しい生き方なんでありましょうか?
帰ってきたばかりだから今は甘い母だけど
次回からは自分で洗濯くらいやれよ・・・ったく・・(ぶつぶつ)

長男からは日本の香りがするらしく
次男も三男も、長男のケータイを珍しがったり
流行してることばを聞いたり・・・
学校から帰ってくるとずっとまとわりついている。
図体こそ3人とも大きくなったが
その様子は10年くらい前と全然変わらない。

こんな時代だから
香港-日本の距離なんて無いものだと思ってたんだけど
やっぱり若い子には微妙な距離とか時差とか存在するのかしら?

ほんの2年前までは
育ち盛りの3人のオトコの子の母をやっていたのに
ここのところの4人家族ですっかり私の勘も鈍ってしまっていた。
お米やら食料品が足りなくなり、急遽買い物に行く羽目に。
普段は週に1度日系のスーパーに行き
あとは近所のスーパーで間に合わせているのだが。

そういえばお米も日本にいたときは
月に30キロで足りないときもあった
ここのところずっと週5キロペースで来ていたので
買いだめしなかったのがまずかったのだな。

やっぱり全員揃ってこその家族だと
息子たち3人を見てて思うこの頃。
こうやって5人揃って御飯を食べるのはあと何回あるのだろうね・・・
家族が一緒に暮らす時間は
若い頃思った以上に短い。
そんな一抹の淋しさを感じさせる、長男の帰省。

【2003/03/12 23:03】 | 家族 |

飲茶と小龍包。
mar
先ほど(かなり・笑)は お疲れでごじゃりました。
美味しい料理と 皆とのおしゃべり 楽しかったっす♪
来週 ラジャ!デス。
・・・しかし 飲茶と 美味しい小龍包 何処だろ?
考えときまする。
さて こんな時間・・・寝なくては。


あらやだ、もうこんな時間
りー
のんびりネットやってたら遅刻ざますわ(笑)
じゃーさー、来週飲茶したいって言ってるんで
企画っちゃってよろしいでしょうか?
お仕事終わってるんだよね?(違った?)
美味い小龍包が食いたいそうでござります。
どっかいいとこあったっけか??


会いたーい♪
mar
リーさん おは。
一番上の息子ちゃん 帰って(?)きてるのねん!
てっきり リーさんが 日本へ行った時に 連れてくるのかと
思ってたので・・・じゃ 一緒に 戻るのかな?
時間が あったら 是非 ご対面させてくださいまし。
しかし いーなー 3人息子の母。
それを目指すには そろそろ頑張らねばならないのかしらん?
まだ大丈夫・・・と思いつつ 時は過ぎてくばかり(笑
あ じゃあ 今夜は オトコ4人の食卓?(笑
母は しっかり飲みませふ♪
 


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もともとイギリスにおいて車は贅沢品の範疇にはない。
田舎に住むことを望む人種にとって、生活必需品なのである。
モータースポーツ発祥の地でもあるし、
車と人間との付き合いは日本よりずっと長いから、
車というものに対する考えも違って当然であろうと思われる。

その例のひとつが免許証。
   注:ここから先は1990年代半ばの話です。
     今はもしかしたら違っているかもしれないので悪しからず

イギリスの免許証は紙1枚である。
写真もなければ更新義務もない。
70歳の誕生日まで運転OKと記されている。
しかも免許携帯義務というのがなかったような・・・(←この辺記憶曖昧)
とにかくうちでは、免許のコピーを持ち歩いていた。
幸い免許を見せるような事態になったことがないので、
コピーで良かったのかどうかは疑問だが(^^;

ちなみに香港の免許証にも写真がない。
求められるときはIDカード(写真付き)と一緒が原則らしいから
必要ないというのだろうか?
以前のは写真もついていたのだが。
ここ香港で切り替えた免許証の更新は10年ごと。
諸費用が900ドル(約13500円)
日本の免許は無試験で書き換えができ、
これを持って帰国すると、再び日本の免許に切り替えができる。
ただし日本での免許はまた新規の扱いになるので
ゴールドになるまでに時間がかかるのが難点。
(講習受けたりけっこう面倒ですもんね(^^;
もちろん、日本の免許がまだ継続期間内にあるときは
そちらを優先させることができるのは言うまでも無い。

イギリスには自動車教習所というのもない。
路上で練習して試験を受けて、パスしたらそれでいいのだ。
ただし、受けた人の話によると、
アメリカのように「まっすぐ走って」「右折して」「止まって」
そんなレベルの簡単な試験ではないそうだ。
やっぱりそれなりに路上の経験もこなさなければならない。
なんといってもヨーロッパではマニュアル車が主流だし
筆記試験の準備も必要だとか。
それでも日本よりは費用も安いし
16歳になったら免許が取れるので
子どもに取らせて帰国するという人もかなりいた。
日本に帰国して、18歳になるのを待って切り替えればいいのだそうだ。
イギリスの自動車教習は
日本で言う仮免許の状態のようなもので、
いきなり路上教習に入ってしまう。
しかるべき条件を満たした人を隣に乗せて
L(learnerの略だったっけ?)
のマークさえ見えるところに付けていれば
まったくの初心者でもとりあえず運転できるのだ。
香港も多分似たような仕組みなのだろうと思う。
ときどき<学>マークをつけた車とすれ違う事があるから。
でも香港には自動車教習所もあるのだけどね。
日本だと今、教習所で取るにはいくらくらいかかるのだろうか?
香港とどちらが安いか・・・はて?

アジアで生活したのは日本と香港だけだから
この2箇所の印象で判断してしまうのは早計かもしれないが
車に対する感覚は、
とにかく走れれば良いとか、下駄替わりに使う、
といった感じとはなんか違う気がする。
もう十分生活必需品になってきてはいるのだけど。
やっぱり車は贅沢品だという考えが根底にあるせいかな・・・
車を磨きたてる(一生懸命洗車する)というのは、多分この辺から??


さて、最後に小話を一つ、ビートルズのお話です。

とある写真撮影の場所で、
まだ免許を持っていなかったジョンが得意そうに言った。
「今日は僕、車に乗ってきたんだ」
彼の指差す方向を見ると<L>をつけたフェラーリが止まっていた。

・・・・笑っていただけました?

【2003/03/11 12:22】 | 昔ばなし |
3月某日

本日の映画 ザ・ロック
主演:ショーン・コネリー ニコラス・ケイジ

随分前の映画なんだけれど
テレビで放映されたときにビデオ録画していたら
最後20分くらいかがぷっつり切れてしまっていたのだ、ぐやじい。
なんで友達から借りてきた。

最初から見たおかげで
忘れていた細部をいろいろ思い出す事が出来た。
はじめのほうで、ショーン・コネリーが引き起こす脱走に伴って
ものすごいカーチェイスが行われるんだけど
あそこでニコラス・ケイジが借りた
(・・・借りた、だよね?FBIって言って、乗りこんだもの)
車がフェラーリだった事は忘れていた。
あれは本物のフェラーリを潰したんだろうか?
さすが本場アメリカ、お金かけてます。

そこで今日は車にまつわる話。

香港の自家所有車におけるベンツの割合が世界一だ
という話を以前聞いた事があるのだが
さもありなん、と思わせるほど
香港でメルセデスというのはポピュラーである。
うちのフラットの駐車場を見ても、一番多いのはメルセデスベンツ。
次はジャガーかBMW、という感じなのだが、
駐車場を歩くと、必ず誰かが車を磨いている。
埃まみれの車というのは(この場合乗用車に限りますが)
あまりこちらでは見かけない。

イギリスは違った。
折られたアンテナのかわりに
金属のハンガーをつきたててあるのはそう珍しい事ではなかったし
あちこちに多少の傷があっても気にしない人が多かったし
埃まみれで、これは廃車処分の車を道路に放置してあるのかしらん?
と思われるような汚い車が近所に止まっていたので眺めていたら、
そう変な身なりでもないビジネスマン風の人が
さっさか乗っていってしまったので唖然とした事もある。
もちろん車を洗って美しく乗っている人も沢山いたが
車は、とにかく走ればいい、というコンセプトが基本にあるのが
普段の生活でもよくわかった。

うちはツレアイのシュミがドライブだったので、
在英中に車を3台乗り換えた。
1台目はチャイルドシートを付けるのが不便だったので、
1年も経たないうちに買い換えた。
2台目は某社のエステートワゴンにした。
7人乗りだと子どもの送り迎えも簡単だし
お客さんに来てもらっても送迎ができる。
もちろん新車は買えないので中古にしたが
2万マイル(約32.000キロ)足らずの走行距離だった
これであちこち走りまわること3年。
この走行距離が10万マイル(約160.000キロ)になったので
さすがに買いかえることにした。
乱暴に扱ったわけでは決してないが、
日常生活において、子どもの送迎やらドライブやらずいぶん走り回ったので
大きい傷はないまでも、
高速道路で小石を刎ねてぽつぽつ塗料が剥げたりしていた。
日本だったらこの走行距離なら
まず廃車処分ということで処分費用を取られるところだと思う。

ところがこれが2400ポンド(48万円くらい)で売れたのだ。
これには本当に驚いてしまった。

【2003/03/10 18:30】 | 昔ばなし |
3月9日 オーストラリアGP(メルボルン)

1.デビッド・クルサード(マクラーレン・メルセデス)
2.ファン・P・モントーヤ(ウィリアムズBMW)
3.キミ・ライコネン(マクラーレン・メルセデス)

タイトルで意味がわかる方は、かなりF1通です。
わからないF1ファンの方、あなたのほうが普通ですからご安心あれ(笑)

今年から予選が二日間にわたって行われる事になったうえ
土曜日の予選後、給油が禁止になったため
各チームの対策がいろいろ分かれることになった2003F1GP
どのチームの対策が吉と出るか
蓋を開けてみないとわからないまま、レースデイとなった3月9日。

荒れるオーストラリアGPの名のとおり
今年もメルボルンは大荒れに荒れました。
が、結果は上の通り。
うっかりデビちゃん、頑張りましたねえ。
4位の兄さん、悔しかったでしょうねえ・・・


私はマクラーレンのファンでは有るけれど
デビッド・クルサードは、そんなにあんまり好きではない。
顔の四角いのは置いといて(ほっとけ)
ミカ・ハッキネンとコンビを組んでいたときから
いろいろポカやってはミカの足を引っ張ってきたし
(とミカのファンは、思いこんでいるのだ(笑)
将来のチャンピオンと嘱望されたワリには
全然活躍してないし・・・
でも毎年、まさか~というときにひょっこり勝つ人でもあるんだよね。
それが今回はオーストラリアだったってわけ??(あっ)

ポディウムでドイツ国歌を聞かないのは久しぶりだし
なによりミヒャがポディウムに上がってないのはもっと久しぶり。
(53戦連続表彰台、なんだそうだ、これってすごい)
最後までキミを追いかけて、チャンプの意地を見せてくれて
ずっとレースを盛り上げてくれたのに、残念でした。

個人的に興味があったのはシャンパンファイト。
キミちゃん、若干23歳なんだけど、
フィンランド人だけあってお酒が好きらしい。
かれはポディウムで、かならずシャンパンを一口二口飲むのだが
そのタイミングがいつも微妙にオカシイのだ。
他の二人がシャンパンかけっこしてるときに
隅に行って、ひとりごくごく飲んでみたり。
コミュニケーション取るのが下手なのか、
他人の目を気にしない性質なのか
とにかく見ていて面白い子なんである。
今日もやってくれました。
3位のプレートもらって、
さあシャンパンファイトって言う時に
ゆっくりボトルを傾けて飲みはじめる。
「こらこら、チームメイトへの祝福が先でしょうが」
と母(誰だよ(笑)はきがきではないんだが
とにかく動作はゆっくり、表情は変わらず
なんかおもしろいんですね~(笑)
レース後のプレカンでも
クチをほとんど開けないで、
おまけに表情も変えないでもごもごと質問に答えていました。
私は何を言ってるんだかち~っともわからないのだが
ネイティブの方々はおわかりになるのよね?
なおかつなが~い質問も
ほんの二言三言で答えてお終いにしてしまうため
記者がかなりしつこく質問を浴びせる羽目になる。
おいおい、質問が短かった優勝者と2位の面子はどうなるよ・・・

とにもかくにも今回はマク、上々の発進でありました。
願わくば、この勢いがセパンでも続きますように、
(今年一年続きますように、というのは分不相応な願いである(笑)
そのとき勝つのはライコの方でありますように。

個人的な追伸
ルノーの5位と7位というのもちょっとしたものですが
あの黄色とマイルドセブンブルーの配色は
どうにかならないものかと思います。
レーシングスーツはクリオネのようです・・・(-_-;)

訂正
53戦連続表彰台というのは、フェラーリの記録でした。
ミヒャ兄さんだけのものではありません、すみません(^^;

【2003/03/09 21:59】 | F1 |
3月某日

本日の映像(映画じゃないもんね)
六月の勝利の歌を忘れない  監督 岩井俊二
なんで今ごろ・・・なのであるが、
先日やっと友人から借りることができたので

言うまでもなく
去年のワールドカップのドキュメンタリーである。
5月21日の合宿入りからトルコ戦に敗れるまで、
約1ヶ月間の。

サッカーはあまり見るほうではない。
香港はセリエAもプレミアリーグもブンデスリーガも
スペインリーグも
(ええと、リーガ・エスパニョーラでしたっけ?(^^;
Jリーグさえも放送があるという
サッカーファンにはまことにありがたいところなんであるが
普段はほとんどサッカーは見ない。

そんな私も去年のワールドカップはさすがに面白かった。
日本のサッカーファンでも、
Jリーグはあまり見ないが
代表戦となると燃えると言う人が多いらしいけど
私もそのテの人間の一人。
根っからのサッカーファンじゃない。

代表チームでは、まず監督が好きだった。
フィリップ・トルシエ。
なぜかと言うと彼がフランス人だから(笑)
アラン・ドロンの流れからして
フランス語を喋るオトコは好きなんだなあ
(なんて単純な(爆)
あの某赤いチームの・・・(フェラーリと言いなさいって。)
ちびっこ監督も、可愛いと思いますもの、ワタクシ。

それからディフェンダーの松田直樹(横浜マリノス)
日本が誇る3バックの一人なんであるが、彼も好き。
マツを見るまでは、ボールに絡むフォワードとか
MFしか見ていなかったけれど
マツのファンになってから
ディフェンダーの動きも気にするようになった。
にわかサッカーファンにしてはエライ進歩だ、うんうん。

DVDのなかで言われているが、
Jリーガーは外国人も含めて800人。
Jリーガーって、全国のサッカー少年や
サッカー野郎たちの憧れの的だろうね。
その中から選ばれた23人
日本サッカーエリート中のエリートたち・・
そんな彼らの合宿生活を丁寧に追ったドキュメンタリーが
面白くなかろうはずはない。

小野と中田
この二人は別格なんだな
選手達もわかってるんだな~
それが、こちらにもよく伝わりました。
彼らが第一線のプロだから、
違いもよりはっきりとわかるのだろう。
キャプテンは宮本が務めていたけれど
やっぱり試合中、みんなを引っ張っていたのは中田だった。
トルシエが、
中田と小野に対して、みんなが何も言わないのはおかしい
スーパースターは日本チームには必要ない
と言っていたけど、やっぱり言えないのだろうね。
中田と言えば、その昔
前園と日清ラ王のCMに出ていたことがあるのだが
あの頃は主役は前園で、中田は刺身のツマってかんじだった(笑)
いかにもお笑い系のCMだったのだが
今やセリエAに所属する日本のエース・・・
ん~、前園はどうしているのかな。

中山・秋田
二人のベテランを入れたのは正解だったんだろう。
中山はいつも明るくて、場を盛り上げるのが上手い。
やっぱり若い選手ばっかりじゃ
絶対チームの和は保てないだろうね。
動けるからとかそういう理由だけじゃなくて
30代の選手にこれからも
光を当てて欲しいものだと心から思う。
ベテランにはベテランにしか出せない味があるのだから。

そして・・・・
U22で構成されたアトランタオリンピックで
ブラジルの猛攻を防いだ試合を私は今でもよく覚えている。
あのとき、川口はまさに日本の守護神だった。
そして今回のワールドカップでも背番号は1、
エースキーパーの番号である。
しかし彼は1度も晴れ舞台に立つことはなかった。
サッカーは言うまでもなく11人で行うスポーツで
試合中の交代も良くあるのだが、
キーパーのそれはほとんどない。
第一試合のベルギーから決勝リーグのトルコまでを見ていくと
試合に出ていた楢崎の表情が
どんどん厳しく美しく引き締まっていくのに対して
川口の笑顔が歪んでいくのが見て取れる。
あの川口を覚えているファンとして、
今回のワールドカップはやっぱり淋しい。

それにしてもこのチームに
俊輔がいないってのはやっぱり一番淋しいかも・・・

あ、そうそう
中田とトルシエの確執をメディアが煽っていたけれど
二人とも自然に接していたのはホッ(笑)
メディアってのは、
なんでもオモシロおかしく書きたてるものだからね。
まあそういう情報に一喜一憂するこちら側もこちら側だけどさ。

【2003/03/08 20:58】 | スポーツ |

だいぶ前だけど
りー
エッセイを書いていた某週刊誌で
川口はなかなかにケナゲなメッセージを残しておりましたが
あの負けず嫌いを絵に描いたような彼が納得してるはずがないよね。
もう一花、咲かせて欲しいと思うファン心でござりまする。
まあ全然出られなかったのは川口だけじゃないんだけど。
23人に選ばれたのに出られない悔しさ、
代表から外れる悔しさ・・・
凡人にいろいろ悩みがあるように、
エリート達にはエリートなりの悩みがある。
どれくらい重いとか深いとかはわからないけど、
推し量れないものがあるのだろうね。
近況:顔はかなり回復したじょ。
   来週はぱ~っとやろうね♪


合格!<何がだ?!(笑
mar
感想文 提出 ご苦労さまデス(笑。
この感想文には かなり同意でござるよー ワタクシも。
ナカタや小野 更には ベテランふたりに関して
そしてそして何よりも 川口の辛さというか 悔しさは
かなり 見てる側に 伝わってきてた。
なーんか この感想文 読んでたら また観たくなった(笑。
戻ってきたら また 我が家はW杯モードが 復活だわ。
ところで 体調は いかが???
復活祝い(してるかにゃ?)で 来週は パァーッとね♪
そして もちろん 語り合いませふ(笑。


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3歳という年齢から
最初は小児科病棟に入院するのかと思っていたら
小児科病棟は付き添いを認めないのだと言う。
長期の入院患者が多く、
次男の様に手術して簡単に退院できる子は少ないゆえのきまりらしい。
そこで彼は耳鼻科病棟への入院となった。
私が付き添うつもりでいたのだけれど
その年1歳になったばかりの三男の面倒を見るのは
大変だからいやだという母が付き添ってくれる事になった。

すごいいびきと夜中に子どもの呼吸が止まる恐怖を、
母は次男に付き添って初めてわかったと言う。
手術の1日前からの入院だったので
一晩次男に付き添った夜、
私の母は一睡もできなかったそうだし、
一緒の病室の人達5人が皆
全然眠れなかったと言っていたそうだ・・・スミマセン

手術は全身麻酔で行われた。
取り去った扁桃腺はあまりに大きいので、
症例として病院に頂きたいと言われ寄付してきた。
同時期に手術した大人の扁桃の2倍はゆうにあったという。

手術後は順調に回復し、次男は急にお喋りになった。
それまで運動させてもすぐ横になり、
いつもおとなしくテレビを見ている子だったのだが
話しかけるとすぐ反応するし元気に駆け回るようになった。
持ちこんだPCエンジン(今は無き、NEC製のゲーム機(笑)で
若いお医者さんたちを相手に騒ぎまくっていたのを思い出す。

おかげさまで風邪がひどくなるということも17歳の今まであまり無く
小憎らしいほど元気に過ごしている。
現在176センチ、52キロ、ちょっと痩せ気味。
ああ言えばこう言いたいお年頃。

ネットで見てみると、
子どものいびきでも見過ごせない例が結構あるようだ。
次男の場合はぎりぎりセーフだったと言えるのだが
三男は大失敗をしてしまった・・・
けどその話はまたいつか、ということで。

【2003/03/07 17:43】 | 昔ばなし |
先日、270キロの居眠りで話題になった睡眠時無呼吸症候群だが、
我が家の次男も三男も睡眠時に無呼吸になる子だった。

次男が耳の手術をしたのは1989年、彼が3歳のきだった。
よく覚えてはいないのだが、
3歳の誕生日ごろから眠ったときの彼のいびきはすごかった。
三男が前年の夏に生まれ、母乳で育てていたので
夜中でも3時間おきに授乳していた私は
次男のすごいいびきでほとんど熟睡できない夜が続いていた。
あの頃の願いは、一度でいいから6時間連続して眠りたい・・・
ささやかだが叶う事のない願いだったなあ。

最初は単に鼻詰まりのゆえかと思っていた(冬場で風邪を引いていたから)
しかし暖かくなってもいっこうにいびきは消えない。
それどころか夜中ときどき呼吸が止まったりする。
呼吸が止まると私はなぜか目を醒ましてしまう(そこが母たる所以)
であわてて横向きにすると「ぶわっ」という感じでまた呼吸がはじまるのだ。

こういう状態が続いたので私はかかりつけの病院へ行って相談してみた。
幼児の扁桃腺とアデノイドは10歳くらいになると自然に小さくなるので
それまで待ってみたらどうか、というのがその医者の見解だった。
が、並のいびきじゃない、それは夜一緒に寝ているからわかる。
セカンドオピニオンは必要だし、気になるなら検査も受けるといいと
近所のJ医科大学を紹介してもらって、
次男は検査を受ける事になった。

検査の結果が出た。
次男は滲出性中耳炎にかかっていたため、
左耳が聞こえづらい状態であること、
アデノイドと扁桃腺が肥大しているため、
気道を塞ぐ形になってしまって呼吸が止まることもあること、
発育途上であるため、
呼吸困難が続くと他の器官にも負担を与えること、
等々問題点があることを告げられた。

アデノイドと扁桃腺を除去すればよいのかと言うと、
単純にそうとも言えないらしい。
扁桃腺と言うのは外部のばい菌をそこで留める働きをするのだそうで、
これがなくなるとたとえば風邪を引きやすいとか、
簡単に重い風邪をひきやすいとか、
今となっては記憶も曖昧だが、
除去する事による問題点も多々あることを知らされた。
普通はある程度大きくなってからしか手術はしないそうなのだが
(私は10歳のときに扁桃腺の除去手術をうけている)
次男は肋骨の変形も始まっていて、
このままでは心臓を圧迫する恐れもあるほどの重症なのだった。

聴力が落ちている耳のほうは
鼓膜に穴を開けて細いパイプを埋め込み、
鼓膜の内側に溜まりがちな水を外に出すようにすることで解決する。
こうすると水泳は出来ないが
耳は乾いた状態にあるので聴力は回復する。

いくら扁桃腺肥大でも、無呼吸というのは異常だと思っていた私たちは
次男がまだ3歳であったが手術を受けさせることにした。
次男は口数も少なく、おとなしく人見知りが激しく
同年代の子と遊んでいても、
すぐ隅っこに行って他の子が駆回るのを眺めている子だった。
単におとなしいのは性格のせいかと思っていたのだが
もしかして、すべて夜中の無呼吸のゆえか?
だとしたら、1日も早く楽にしてやりたいと思ったのだ。

【2003/03/06 22:30】 | 昔ばなし |
3月某日

本日の映画鑑賞
リプリ-  主演:マット・デイモン ジュード・ロウ

我が家の掟のひとつに、「食事時のテレビ禁止」というのがある。
だから家族で食事をするときはテレビをつけないのだけれど
私一人で食べるお昼御飯はさびしいからテレビと一緒(笑)

今日テレビをつけたら、リプリ-をやっていた。
この頃は映画を全然みていないから、
イマドキの俳優さんはほとんど頭に入ってない。
マット・デイモンもオーシャンズイレブンで見たくらいだし、
ジュード・ロウに至っては
(当代一のぱつきんハンサムとの評判もありますが)
この映画が初対面でございました。
これって太陽がいっぱいのリメイクだったんだよね。

一番映画を見ていたのは20歳前後のころだったか。
お金がなかったけど、小さな映画館にせっせと通って、
ひとりでよく映画を見ていた。
あの映画館の名前は、宝塚だったろうか、
今もあるのかどうなのかわからないが
1本300円くらいで見る事ができていたように思う。

アラン・ドロンが好きだった。
マット・デイモン演じるトムは、
確かに卑屈さと人間らしい嫉妬を滲み出させていて、
上手い役者さんだなとは思ったけれど、なんだかイメージが違う。
アランドロンファンの私には、
どうしてもマットデイモンに肩入れする事が出来なかったし、
映像も美しいとは思えなかった。

太陽がいっぱいはアランドロンの出世作だった。
ちょっと上目使いの、卑しげなまなざしをつくる青灰色の瞳、
整い過ぎるほど整った顔、研ぎ澄まされた肉体、
もう「一目あったその日から。。。」の世界で
私はアランドロンに夢中になった。
あのころの日曜洋画劇場はダーバンのCMがあって、
そのCMキャラクターをつとめるアラン・ドロンを見たいがために、
毎週毎週チャンネルを合わせた記憶がある。
彼の話すフランス語は色っぽかった・・
何を言っているか全然わからないところがまたとっても良かったりして(笑)

太陽がいっぱいはやっぱりラストでしょう。
警官達が迫り来るのもしらず
「太陽がいっぱいだ」とつぶやくドロンの美しかったこと。
ラストの衝撃を知っていても、
やっぱり何度も見たくなる映画なんだ、私にとっては。
バックに流れるニーノ・ロータの切ないメロディーとともに、
これは忘れられない映画のひとつ。

しかし、もう一つコクハクすると、
アランドロンの西洋チャンバラものが大好きなのである。
黒いチューリップは良かった。
ゾロも良かった。
(オッタビア・ピッコロという相手の女性はキライだったけれど)
立ちまわりの上手下手は別として、
チューリップとゾロ以外になにかチャンバラやってたんなら、
ぜひぜひ見たいのだが・・何かやってたっけ??
世間の評判はどちらも駄作なんだそうだが、
見てて楽しいし勧善懲悪ものは、後味さわやかなんだもん(笑)

ちなみにアランドロンの映画は絶対一人で見にいくものだった。
見終わってからいきなり現実に引き戻されるのは、
かなわないですもんねえ・・・ね?(笑)

【2003/03/05 15:08】 | 映画 |
3月某日

本日の読書
動物のお医者さん 佐々木倫子
テレビドラマ化される(もうされた?)というので
あわてて友人から借りて読んでいる。
このマンガがシベリアンハスキー犬ブームを巻き起こしたのだとか
ほのぼのしてて安心して読めます。
悩み事の多い時期なので、癒されてます。
サンキュ、貸してくれた人

本日の事件
事故りそうになった。

香港の車線は日本と同じ左側通行、
イギリスの植民地だったからか、
交通法規・標識ともほとんどイギリスと同じ。
私は前回と同じく、今回も香港で運転している。
日本に比べると格段に女性ドライバーが少ないのは何故?

道が複雑な上、ワンウェイやら行き止まりやらが沢山あるし、
重度の方向音痴という障害者である私は、
決まった行き先にしか運転しないことにしている。
現在のところ行き先は6箇所(^^;

法規・標識はいいのだが、困るのは香港のドライバーの運転マナーの悪さ。
とにかく、あんたの車のウィンカーは飾り物かい、
と中指立てたくなるほど、車線変更時、方向指示器を使わない。
たまにに使う車があるかとおもうと、
出した途端に車線変更をしてくる。
しかも変更時にはかならず入ろうとする車線の車の前に割り込む。

私は運転時は非常に「温厚」なので
譲れるところはなるべく譲るをモットーにしてきたが、
ここ香港でそういうスタンスは
決して歓迎されるものではないことを自覚し始めた。
あまり譲り過ぎると立ち往生で前に進めなくなることもあるし、
流れを寸断して後ろからクラクションならされるのもいやだし。
なかなか自分の運転スタイルで車を動かすのは難しいのだ、この土地では。

今日はほんっとにアブナかった。

日本ではあまりみかけないが香港にはラウンドアバウトが沢山ある。
いわゆるロータリーですね、
交通法規によると、
ラウンドアバウトに入るときはウィンカーを右に出し、
進みたい道の近くで左に出して、
出たい道路に出るようになっている。
信号と違って車の流れは止まらないし、
自分の右に気をつけておけばいいので、
普通の運転を行う限りではそんなに危険ではない。
・・・はずなんだけど、
温厚ドライバーの割合がかなり高い(大嘘(笑)と思われるイギリスでも
ラウンドアバウト内での事故率は高かったから、
混雑中のラウンドアバウトに鼻先突っ込む時に注意は必要なのだ。
今日はライタクチュンの近くの小さなラウンドアバウトで
トラックにぶつけられそうになった。
ラウンドアバウトに入ったのは私が先で、
私が右側から来ているのだから、当然優先は私なのに
無理やり私の前を横切ろうとされた。
鳴らしましたわよ、クラクション。
鳴らした自分のほうがビックリしたけど(滅多に鳴らしたことないから)

ま、それだけだったんだけどね、わはは。
でもビックリしたんだもん、
あいつルール知らなかったんじゃねーの?ったく(ぶつぶつ)

ちなみに私はこちらに来て2年になるが
1度だけ、白バイのお世話になったことがございます(^^;
空港に向かう高速で、ずっと右側車線走っちゃったんでございます。
あそこって、追い越し車線だからずっと走っちゃだめなのねん。
罰金450ドル払いましたわ、高い授業料でございました。
ツレアイもあの道の、橋の近くのレーダーにとっ捕まった事がある。
突然罰金の納付書が送られてきて驚いた。
あそこの高速は我が家の鬼門だ(笑)

その話を友達にしたところ
「なんで英語しゃべったん?」
「え?」
「英語わかりませ~ん、広東語わかりませ~ん、で通したら、
 絶対見逃してくれたって」
「・・・そ、そういうものなの?」
「そうだよ、日本語で通すのよ、すみません、わっかんないですけどおって。
 そしたら諦めてくれるって。
 こっちのおまわりさんはそういうものよ(いやに自信たっぷり(笑)」

ほんとにそう言うものなのかしら。
いや、検証する勇気はもう自分にはないのだが・・・

【2003/03/04 14:35】 | 未分類 |
妹は3月3日生まれである。

彼女は小さい頃はからだが弱くて、
よくお腹の病気で入院した。
入院のたびに母が付き添い、
私は父と二人で家に残されるのが常だった。
なによりいやだったのは入院している妹を見舞いに行くと、
いつもバナナとカステラがあったこと。
あの頃はバナナだのカステラだのは貴重品で(いつの時代だ(笑)
入院しなければなかなかクチにできるものではなかった・・・ような気がする。

妹は内気で、あまり優秀な転校生ではなかった。
新しい学校に馴染むのにものすごく時間がかかる。
転校したその日に友達をうちに連れて帰る私とは
全然タイプが違っていたのだ、小さい頃は。

高校受験のときに、私と同じ高校を受けると言い出して、
家族はビックリしたものだった。
妹は、その性格から多分女子校に進むだろうと両親も私も思っていたからだ。
妹の担任は、落ちることはないだろうが、
高校に入ってから苦労するから、ワンランク志望を下げてはどうか
(多分これも性格を考慮して)とアドバイスしてくれたが、
妹はガンとして聞き入れず、結局私と同じ高校に進学した。
私と妹の通った高校はその県ではまあ知られた進学校で、
全体の半分に入っていれば、国立一期校にはなんとか、
というレベルのところであった。
が、入ったときから4分の3くらいをうろうろしていた妹は、
案の定国立には落ちて、公立の女子大に進んだのだった。

そこで彼女は大変身を遂げる。
部活を二つ三つ掛け持ちして、その責任者となり、
挙句の果ては学生会の役員に立候補したりしていた。
女性ばかりの大学という土壌が良かったのか、
持って生まれた素質がようやく開花したのか、
とにかくあまりの変身ぶりに私も両親もただただ驚くばかりであった。

結婚はお見合いであったけれど、高校の先輩と結婚し、
子どもにも恵まれ
愛知県の某市に家を建て、本当に順調に堅実に暮らしていた。
結婚後も大学の通信教育で資格を取り、
それを生かして近所の大学に勤めるなど、いつも何に対しても意欲的だった。
ふらふら放浪生活を続け、
子どもばかり沢山いるが親に迷惑をかけどおしの私とは
正反対のしっかりした生活を続けていたのだ。


妹は一昨年亡くなった。
脳髄液が徐々に減っていくという奇病で
最初はただの頭痛から始まったので、なかなか原因がわからず
治療にとりかかるのが遅れてしまったのだった。
そして頭痛を訴え始めてほんの一月ちょっとで
妹はあっという間に逝ってしまった。

私が結婚して家を出て、ずっと妹とは離れて生活してきたから
いまだに彼女が死んでしまったと言う実感を持てないときがある。
離れて暮らしていたから、私と母と妹は毎日メールの交換をしていた。
彼女が意識不明で病院に入院する前日まで。
パソコンの中に、妹からきたメールは、まだ数百通残ったままだ。
待っているとメールが来るのではないか、電話をかけてくるのではないかと
漠然と思ってしまうことが今でもある。


今日はひな祭りの節句、妹の誕生日だ。
あとで、甥たちと、私の両親に電話をしよう。
子どもは親より早く死んではいけないと、強く強く思う今日この頃。

【2003/03/03 16:49】 | 未分類 |
2月某日

ペストコントロール依頼。
去年までは日系に頼んでいたのだけれど
値段も結構な上に
日本人は社長だけで普通の交渉や連絡は英語なので、
別を探そうと思ったのだ。
イエローページで探した日系のもう一つの会社に電話してみると
そこも日本人は今電話に出られないという。
値段は最初のところと一緒。

ワタシは英語が喋れますというほどうまくはない。
5年イギリスにいたけれど
滞在すれば喋れるようになるもんじゃないってのは広東語と一緒。
どの程度喋れるのか、と言われると困るんだよなあ・・
まあ日常会話程度・・??
病院で通訳を通さずに症状の説明が出来て
(なぜなら子どもが一番病気ばかりする時期に
 ガイコク暮らしをしていたから、
 病気関係のボキャはあるのだ(笑)
 これはツレアイより上手い自信がある、えへん)
子どもの学校の保護者インタビューに出て、
先生の話がまあ理解できるとか・・・
そんな程度である。
交渉ごとはできるなら得意な日本語で行いたい。
そう考えるのが人情ってもんじゃないかい?(笑)

次にネットで見つけた「日本人がいる」という会社に電話。
すると電話に出た女性が「日本人はいない」という。
折角電話したので、そのまま切るのももったいないと思い
ではお宅の見積もりを取って欲しいと言ったら
「明日こちらから電話する」
と言われて一方的に切られてしまった。
あんまり感じよくな~い。

けれど翌日今度は英語の上手い男性から電話が有った。
やっぱり日本人はいないという。
部屋の広さを告げて見積もりを頼むと即座に値段がでてきた。
今までの所より安いうえ頻度も少なくて済む。
ええい、頼んでしまえ!

ワタシはこの世で3番目に嫌いなものがゴキブリだ。
1番目と2番目はその時々で変わりますが(笑)
ああいう薬を撒くのは身体に良くないだろうと思いつつも
ゴキブリを発見したときのショックと天秤にかけると
やっぱりペストコントロールを頼んでしまう(^^;

依頼した時間ぴったりに3人がやってきた。
これって香港じゃホントに珍しいのよねえ、
○時っていってその時間に来たためしは
ほとんどないのが当たり前なんだから。
ところが彼ら、広東語しか出来ない
ワタシは広東語は喋れない
多少は理解できるが、生半可に広東語を喋ると
シャワーの様にマクしたてられるのが困るので、
最初から全然できないことにしている・・・のだが
こんなときって困るのよね。

とにかく身振り手振りで撒いて欲しい個所を告げた。
すると薬を撒き終わったお兄さん方が
今から2~3時間家を空けろ、と言っているらしいのがわかった。
それから請求書を出して、支払いについても何か言ってる・・・
もうすべてボディランゲージと筆談の世界・・・
とても滞港2年なんて恥ずかしくて言えましぇん(^^;

結局この日は三男と一緒にツレアイの会社付近まで行って
ごはんを食べてきたのでありますが
やっぱりちょっとは広東語、やろうかなあ、やったほうがいいかなあ
・・誰か教えてくれません?初級広東語(笑)

【2003/03/02 20:11】 | 未分類 |
もう3月だけど(笑)  2月某日 

本日の買い物
HMVにてF1racing購入、表紙はミヒャ 2003GAに乗ってる。
香港ではこの雑誌はHMVが一番安い
何故値段にここまで差があるの?と言うくらい
店によって値段が違うのだ。
ちなみに空港はとっても高い。
けど5ドル値上がりしてたよ・・・ちぇ。
三越の本屋さんでヒカルの碁コミックス20巻購入。
買い始めるとやめられないのが悪い癖。
こうして余計な荷物は着々と増えていくのだ。

今日の事件
髪を切った。
ワタシの髪は癖はないが、年齢のワリに量が多い。
そして人一倍不器用で、
ブローして形を作る事ができないときてるから
出来あがる髪形は決まってくる
こちらに来てからはずっとボブだった。
日本にいたときは腰までただ伸ばしていたっけ
・・・それってただのズボラやな・・・
しかし去年、お世話になっていた美容師さんが帰国されたのと
年末から年始にかけて、家の工事がはいり
そのせいでアレルギーが悪化してしまい、
外出できずにいたからずっと髪を切れなかったのだ

今日は久しぶりに出かけたついでにふと思い立って
友人からもらったカードを使って美容院に行った。
思い立ったが吉日ってね。
電話したら30分後の予約が取れてラッキー!

初めての場所なんで緊張したのだが
担当は日本語の上手な若い香港人のおにいさん。
「どんな風にしたいですか?」
と聞いてくれた。
ん~、あんまりこうしたいっていうイメージはないんだよね。
ま、希望は希望だから、ということで
「手入れが簡単で若く見える髪形」
と言ってみた。
ほんま、我ながらよく言うわ(^^;
絶句されるかと思いきや、すぐに
「じゃあ、ここをこういう風にして、この位の長さで」と
アドバイスをくれたのには感服した。
いや~プロっすね(笑)

で、切ってきました。
鏡の中の私は別人ね、と大満足なんだが
たったひとつだけ不満もある。

・・・いい加減気づいてくれないかな~、ご家族の面々
今日はかーさん、髪切ったんだからさ・・
なんか、ちょっとでもいいから反応しやがれ(ため息)

【2003/03/01 12:09】 | 未分類 |
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