上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

20年前は反日感情が何かと言うと顔を出した。
1970年代の終わりだったか80年代のはじめだったか
日本資本のとあるメーカーの工場が焼き討ちにあって
多大な被害が出たこともあったし
私自身の経験をいうと
ビクトリアパークを散歩中に
見知らぬおばあさんにいきなり襟首を掴まれて
「自分の息子は日本軍に殺されたんだ!!」
と怒鳴られたことがある。
タクシーに乗ったところ、運転手に
「日本人は嫌いだ、降りてくれ」
と言われたこともあった。

何か日本のおえらいさんが発言するたびに、
香港の日本人はびくびくした時代だった。

今でも靖国神社の参拝で抗議行動が起きたりするけれど
自分の身に直接危険を感じることが少ないのは
私の感覚が鈍ってるだけではないと思う。
日本という国に対しての感情は
フレンドリーではないかもしれないが
その感情が個々の日本人に向けられる事は少ないのではないだろうか?
香港全体に日本製品はあふれているし、
そういうものを抜きにしては暮らせないほど
香港に、日本は浸透してきている。
とくに若い人達は日本に対する興味を隠さない。

衛生面でも香港は格段に清潔になった。
昔、とある有名ホテルだから大丈夫だろうと
子どもをトイレで座らせて、お尻を皮膚炎にした事があって以来
私はずっと子どもにうるさく
「トイレでは絶対座らない事、どこの手すりもさわらないこと」
と言いつづけたものだった。
今回、いろんな手すりを触っているけれど
2年間実害はありません。
トイレはあまり外出しないからコメントしようがないのだけれど
小さいお子さんをお持ちのお母さんから
子どもが皮膚炎にかかったという話もあまり聞かない。

すでに無くなってしまったが
昔デパートの大丸に夜8時過ぎに立ち寄ると
暑さしのぎのためだけに徘徊していると思われる
普段着(というかパジャマのような・・)の人々で溢れていたものだった。
そういえば、シャツなどはほとんど化繊もので
コットン100パーセントのものを見つけるのが難しかった。
湿度が極端に高い当地で
綿製品が乾きにくいせいだと聞いたのだが。
この頃はデザインに目をつぶるならば
素材のコットン100パーセントは容易に見つけられる。

東洋の魔都といわれていた香港を知る人の中には
昔の雑多な街並みが懐かしい
危険な香りが薄れてただの都会になった今の香港には
惹きつけられるものがない、と言いきる人も少なくない。

しかし住んでいる人間には、安全な街が一番だ。
(意外に思われることが多いのだが、
 いつぞや日本の警察の方から話を聞いたところによると
 香港は日本よりずっと安全なのだという)
気候だけは昔と全然変わらないけれど
私には今の香港がずっと暮らしやすいんだけどな。

【2003/03/15 22:25】 | 昔ばなし |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。