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香港は一年中暑いと思われているかもしれないが(そんな人はいないか(笑)
ここは亜熱帯で、一応四季はある。
四季と言っても、半年ほどの長く蒸し暑い夏と、残りの季節というかんじで
日本のようにくっきりとした春や秋や冬の区別はない・・と思う。

10月の半ばからあれほど蒸し暑かった夏はどこかへ去り
かわりにさわやかな秋がやってくる、
湿度は60パーセント以下に下がり、晴天がつづき
気温は20度から25度くらいと、
日本よりずっと過ごしやすい秋の到来だ。
これから2月の終わりくらいまで
湿度の低い季節があるから香港で暮らしていける
と言う人もいるくらいで、
この時期はいろいろな屋外スポーツも楽しめる
ほんとうに良い気候が続くのである。

10月も終わろうとするときだった。
そろそろ日本に出産に帰らねばと、支度をし始めていた頃だった。
ツレアイを送り出して、家事に取りかかろうとして、
突然、私は動けなくなった。
言葉も出なくなるほどのものすごい腹痛に襲われ、
ベッドで七転八倒・・・
そのとき運良く友人から電話が入り、
それでツレアイに連絡が取れて、
私は急遽病院に入院したのだった。

病院はピークの近くだった。
欧米人が好んで利用するところであったらしい。
その頃そこで出産する日本人がどれだけいたかは知らないが
そんなに多くなかったのではないだろうか?
今はなんでも日本語の通訳の方がいるそうだが。
M戦争記念病院という名前なのだけれど、
かの香港を舞台にした
古い映画の「慕情」で主人公の女医が勤務していた病院である。

入院してからの記憶は曖昧だ。
何日間入院していたかもあまり記憶にない。
ツレアイが、なんとか日本に連れ帰ろうと
航空会社にかけあったり、医者と相談したりしたらしいが、
結局だめだった。
しかたがないので私の母に日本から来てもらうことになった。
ツレアイと母と医者の話し合いで、
結局母体の安全を最優先するということに落ちついたそうだ。
それで治療の方針も固まったらしい。

病室は個室だった。
窓の外には、緑が広がり、眼下に海が見えた。
夜になると毎晩シスターが枕もとにやってきて、
いろんな話をしてくれた。
それは神のご加護の話であったり、
シスターの故郷の話であったりしたが、
腕や背中をさすりながら彼女はいつも長い事語りかけてくれた。

そして11月になった。

【2003/02/15 21:33】 | 昔ばなし |
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