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香港に戻ってきて、
私はツレアイと一緒に例の英国人医師のところへ行った。
大学病院からの手紙の入った<しっかり糊付けされた>封筒を持って。
彼(医者)は心底驚いていた(ようだった、ように見えた。)
自分がその異常を発見できなかった事に。
その時点で発見できなかった事に対する率直なわびの言葉もあった。
そして、その封筒を私の目の前で開いて一読したあとで
彼はそれを私たちに見せながら、
胎児の状態について詳しく説明をはじめたのだ。
私は自分の子の状態を、そのとき「初めて」知ったのだった。
心臓の弁と、心臓の膜に異常があること、
首の部分の後ろにおおきなコブ状のものができていること、
わかっている異常はその二つだった。
そのほかにも内臓に問題があるらしいことも付け加えられていた。

私は多分冷静にそれを聞いていたのだと思う。
少なくともパニックに陥った記憶はない。
今後の生活の注意点とか、
検診の頻度とかの説明もちゃんと質問していたし。

それよりもそういう状態である事を、
なぜ大学病院の医師が私に、
当事者の私に説明しなかったのかの方が腹立たしかった。
ここまで詳しく分かっているなら、
もう少し納得の行く説明をしやがれ!と真剣に腹を立てていた。
妊婦は興奮させるといけないのか?
不安要素を抱えさせるとまずいのか?
なんで私が、話の内容を受けとめられない人間だと
どういう基準で判断したのだろう?
ったく、私もなめられたもんだ、と一人で怒ってツレアイに窘められた。

福岡には全国でも有名な子ども専門の病院がある。
そこの心臓部門は全国でも1.2と言われるほど優れているそうだ
(なにが優れているかはよくわからないので突っ込まないように(笑)
大学付属病院で出産してすぐ、
こども病院に搬送する手続きもできているので、
とにかく出産は日本で、とその手紙には記されていた。
8ヶ月までは多分大丈夫なはずだから
9ヶ月に入るまでに帰国させて欲しいと書かれていた。
英国人医師は、それに従ったほうがいいだろう、と私達に告げた。

いろいろ不満はあったものの
私もその判断に従う事にした。
11月の始めまでに日本に帰ればいいね、
私達はそう予定を立てたのだった。
子どもの誕生予定は1月1日だった。

長い事留守にしていたので、
香港の友人たちはみな心配してくれていたのだが、
私が元気に帰ってきたので驚いたそうだ。
もっと落ちこむとか、やせ細って帰ってくるのかと思ったといわれた。
私は見かけ、普通の妊婦と何ら変わらなかったし、
自分では異常が全く自覚できなかったので、
何を特別にいたわるということもなく、
家事をこなし。子どもと遊び、普通に普通に生活して
・・・そして、
もしかしたら胎児の心臓異常って間違いじゃないかと、
そんなふうに考える事もあるくらいの生活を送っていた。

【2003/02/14 17:18】 | 昔ばなし |
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