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しくしくしく。いまだショックから抜け出せてません。めそめそ。

私のロードファン歴は、ほぼ彼のプロ生活歴だと言ってもいいわけで、そんな彼に引退されてしまって、実は呆然状態だったりします。

TDFを本格的に見始めたのはロンドンから帰ってきた95年から。前年、セナが亡くなったこともあって、F1にちょっと嫌気がさしてきたのも手伝ってたのかもしれません。
95年はあのスペインのインデュラインがツールで最後に勝った年。そしてその翌年にドイツテレコムのリースが優勝するんですけど、そのアシストを勤めてたヤンを「わ、かわいい!」と思ったのが、本格的なロード観戦歴の始まりでした。ええ、わたくしはミーハーのカタマリですから。

翌97年、ヤンはレースの途中でアシストからエースへ昇格して(普通こんなことはありえません)、TDFで優勝してしまいます。が、思えばこれが彼が選手生活で唯一TDFで勝てた年だったのね。
東ドイツのスポーツ育成システムの最後の世代
ロード後進国だったドイツをトップレベルに押し上げた選手。
この人の時代が始まったと、誰もが確信したはずだったのに、どうして彼は万年二位@TDFに甘んじる選手で終わっちゃったんだろ・・・

とはいえ、オリンピックでもドイツに金メダルをもたらし、ヴエルタでも優勝し、世界選手権で勝って虹色ジャージを手にし、と彼の輝かしい戦績は枚挙に暇がありません。いくらアームストロングが強かったって言ったって、TDFだけのことじゃないか、ふん、だ!!(←ファンの暴言です、許したってください)
ただ、ツールで、もう一度だけ勝たせたかった、これは、彼のファンの共通の思いであったことは間違いないでしょう。

カイザーと呼ばれた人を、ドイツでもう一人知っていますが、その人は、ヤンのドーピング騒動について、罪が確定していないのに罪人扱いするメディアを批判していました。そのコメントで、一気にアナタの好感度アップしたわよシューさん。

ワタクシ、今回の引退の原因の一つは、絶対にメディアにあると確信しております。
特にドイツ!
あんたら、ヤンのおかげでドイツにロードが定着したのを忘れたんか!!(怒)
結局ドーピングで有罪は確定してないわけで、それどころか、最初から、実は関係なかったんじゃないかとか、このままうやむやになってしまうだけみたいな気配なんですが、ただの疑惑だけで、こんなすばらしい選手の選手生命を奪ってしまったわけですよっ、捜査当局!!
怒りと悲しみのもって行き所がない私は、いったいどうしたらいいのでしょう。。。

ちなみに彼は今後フォルクスでコンサルタントを勤めるそうです。後進の育成にあたるってことなのかしら。

振り返れば、去年のツール初日の前日から、私の中でのロードの時計は止まったまんま、な気がする。ああ、脱力状態。。。

【2007/02/27 12:43】 | ロード トラックバック(0) |
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